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授業中でも練習熱心な圭次郎

last update Last Updated: 2025-04-02 10:43:18

◇◇◇

百谷三兄弟の秘密を知る前と後で、俺の世界は変わってしまった。

つい昨日までは、一番後ろの窓側の席が圭次郎で、その隣が俺という配置にげんなりしていた。

だって圭次郎のヤツ、ずーっと不機嫌そうな顔してるし、たまにこっちを睨んでくるし。声かけても無視か「……かまうな」だし。ツンデレは嫌いじゃないけど、ツンのみは胸にグサッとくる。

あと悪態つかれたり嫌がらせされたりはないけど、漂ってくる妙な圧がすごい。息苦しくてたまらなかった。

でも今日は違う。

圭次郎を俺の隣にしてくれたありがとう! と神社の賽銭箱に貯めてあるお年玉を全額入れて、神様に感謝したいくらいだった。

◇◇◇

授業中、先生の話を聞き流しながら視界の横で圭次郎を見る。

さっそく不思議発見。

圭次郎のヤツ、授業ガン無視でうつむいて、机の上でピアノを弾くように指をパタパタしていやがる。極めつけは、

「……汝……深淵の闇……我に従え――」

あまりに小さい声で全部は聞き取れないけど、なんか中二病全開なこと言ってる。

席が隣だからこそ分かる呟き。これが圭次郎の前の席だと、耳をすませば声は聞こえるかもしれない。でも、表情とか動作は見えないから、今の席がベストポジションだ!

ああ、ワクワクする。圭次郎ウォッチング楽しい。

どうも王子様コスをしていなくてもキャラになり切っているらしい。何かが降りてるな……動きは静かでも、声や表情に深みがある。これで劇でもやれば拍手喝采のスタンディングオベーション待ったなしだ。しかも、

「……使えんな……もう一度探せ……所詮は下級の精霊か――」

見えない何かに話しかけてる時もある。

え、セリフの練習してんのかよ?

きれいな顔に似合わない低い声出して、お前、王子キャラは王子キャラでも、魔界の王子様設定だったりするの? 妙に迫力あるし、板についてる……どれだけ練習してきたんだよ?! 上手いって、マジで。

転校前の学校でもこんな感じで毎日ブツブツと練習してきたのかと思うと、スゲーなあと心から感心してしまう。

衣装に袖を通せば身も心も完璧に王子そのもの。

その格好でこの見事なまでのなり切りを披露する姿を想像したら、あまりのガチぶりに妙な感動を覚えてしまう。

うわー、間近で迫真の寸劇を通して見てみたい!

双眼鏡で覗くだけじゃあもう足りない。庭での夜練習の時に、近づいて覗いてみよう。

圭次郎でこれなんだから、兄ふたりはさらに力が入っていそうだなあ。大人の本気コス、拝んでみたい!

――と、授業中はいつもこんな調子になってしまった。

退屈してるヒマはなくなり、圭次郎ウォッチングは妙な充実感でいっぱいだった。

ただ、今度のテストは点数ボロボロだろうなあ、という予感に内心焦りはする。

お隣さんの観察はほどほどに、というのは分かっていたが、膨らんでいくばかりの好奇心に勝てるハズがなかった。

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    もっと精霊と交流を持ちたかったが、そろそろ昼休みも終わりかけ。もう帰っていいから、って言えば消えてくれるのかなあ……と思っていたその時だった。「あ……」ケイロたちが校舎裏へやって来たことに気づいて、俺は木の陰から三人をうかがう。まだ俺には気づいていないようで、アシュナムさんとソーアさんはケイロにへりくだった態度を取っている。ケイロもかしずかれるのが当たり前と言わんばかりに偉そうだ。このまま気づかれないなら、やり過ごしたほうがいいか? こんな所で俺ひとりで何やってんだって話になりそうだし。でもなあ……こっちの世界のことをアドバイスする立場にある身としては、ちょっと見過ごせない。俺は姿を現わし、ケイロたちに駆け寄った。「太智!? どうしてここにいるんだ?」驚くケイロに答える前に、俺は周囲を見回して人がいないことを確かめた上で近づき、コソッと告げた。「精霊が使えるようになったから、魔法の練習してたんだよ」「そうか。休みを強要されていても、自ら進んで鍛錬するとは良い心がけだな。さすがは俺の嫁だ」「学校で嫁呼ばわりするな……って、そんなことよりも! かなり重大な話があるんだけど」「なんだ?」「ケイロたちって、いつも校舎の中で集まったら三人一緒に行動しているのか?」俺の問いかけに、ケイロがきょとんとなる。そして心底「なぜそんなことを聞くのだ?」と言いたげに首を傾げた。「ああ、そうだが? 立場は違えど兄弟なら校内で一緒にいてもおかしくないだろ?」「……お前のキャラに合ってない」「どういうことだ?」「人と馴れ合わないクール男子は、学校で兄弟仲良く並んで歩かねぇ! むしろ身内とは顔を合わせないように避けるか、短く用件を伝えてさっさと離れる。基本、俺らぐらいの男子高生は兄弟と馴れ合わないことのほうが多い」「な、なん、だと…&helli

  • 寄るな、触れるな、隣のファンタジア~変人上等!? 巻き込み婚~   これも意思あるの?

    「うおっ、本当に出た。前から気になってたけど、これどうなってんだ?」俺は思わず指を差し出し、光球に近づけていく。モワッ、と。触ったという手応えはないし、そのまま指が精霊を貫通してしまった。指が入っているところはほんのり温かくて、風呂場の湯気に指を突っ込んでいるような感触だ。不思議だなあ、と思いつつ何度も指を上下させていたら――スス……。光球が自分から動いて、俺の指から離れた。「もしかして触られるの嫌だった?」呟いて小首を傾げる俺に、光球が一瞬光を強めた。まるで返事をしてくれたような行動で、俺は首を伸ばし、顔を近づけながらマジマジと観察する。「ひょっとしてお前、意志があるのか! へぇー……なあ、喋ることってできるのか?」この質問にはなんの反応も見せない。どうやらこれが否定らしい。まさかこんな光の球と意思疎通ができると思わず、俺は目を輝かせてしまう。ゲームや漫画好きなら憧れるファンタジー展開が今、目の前に……っ!こんなところをケイロたち以外の誰かに見られたら、間違いなく変人認定される。校内でこんなことするもんじゃないよな、とドキドキするけど、溢れる好奇心は止められなかった。「お前らもあっちの世界から来たのか? ……あ、光らねぇ。こっちにもいるんだ。へぇぇー……食べ物とか食べられるのか? せっかくだし、お近づきのしるしに何かあげたいんだけど……あ、ダメなのか」何もあげられないのは残念だなあと思っていたら、子犬がまとわりつくように光球が俺の周りをクルクルと回る。どうやら俺の気持ちは嬉しかったらしい。「食べられないなら、一緒に遊んだりするほうが嬉しいのか? 鬼ごっこしたりとか……うわっ、眩しいっ。そっか、そういうのは好きなんだ。なんか子供というか、人懐っこいワンコっぽいというか……あ、急に光が消えた。スン顔した

  • 寄るな、触れるな、隣のファンタジア~変人上等!? 巻き込み婚~   密かに動けば内助の功?

    ◇◇◇休み明けの授業中。期末テストが近いと分かっていても、授業の内容は頭に入って来なかった。ケイロの国に力を与えている百彩の輝石。その輝石を守りたい。国のためにならないからと盗んだマイラット。少し話を聞いただけでも、輝石を奪われたことが国の一大事だとは分かるし、王子のケイロが直接乗り込んでくるほどのことなのも理解できる。でも悠の話が本当なら、どうして国のためにならないんだ?輝石を守るって、マイラットってヤツは何から守りたいんだ?国家転覆の陰謀とか、国の威信とか、王家の裏事情とか……そんな漫画やラノベな世界とは一切無縁な一般高校生の俺。あれこれ考えて真実を見つけ出すなんてまずできない。ムリ。期末テストで赤点回避するだけで精一杯な頭だし。考えても無駄――って分かってるのに、それでも頭が勝手に働いてしまう。ケイロたちはマイラットの意図は知ってるのか?もし悠から聞いた話をしたら、何か前進するか?……でも悠からは、自分のことを言わないでくれって頼まれてるしなあ。悠が協力者だって分かったら、容赦しないだろうなケイロは。魔法で自白は通常運転だろうし、マイラットをおびき寄せるために、悠を利用するかもしれない。一緒に昼食を取る仲でも、たぶんケイロはやる。だって国の一大事だから。親友を追い詰める真似はしたくない。けれど、このまま放置はできない。一回、マイラットから話が聞けるといいんだけどな。あっちの事情が分かったら、もしかしたら何か状況が変わるかもしれない。知らないから困るんだよ。うん。誤解の元だ。俺は巻き込まれちゃった第三者だから、当事者じゃない分だけ怒らずに事情は聞けるし、もしマイラットが悪いヤツで何か仕掛けてきたら遠慮なく倒せるし……俺が密かに動くしかないよな。うーん、これって内助の功になっちまうのか?ケイロのことを考えて動こうとすると、全部夫婦絡みな感じがしてならない。な

  • 寄るな、触れるな、隣のファンタジア~変人上等!? 巻き込み婚~   百彩の輝石の力

    ◇◇◇夜になっても俺がベッドでゴロゴロしていると、「やっていることが昼間とまったく変わってないな、太智」なんの前触れもなくケイロが部屋に入ってきて、俺はビクッと肩を跳ねさせる。「急に入って来るなよ! せめて一声かけてくれ。親しき仲にも礼儀ありって言うだろ!? お前だって俺が不意打ちで部屋に来たら困らないか?」「驚きはするが、歓迎するな。お前から積極的に夜這いへ来てくれるのだからな、喜んで相手をするぞ」「なんでもかんでも夜の営みに繋げるなぁ……どうしてこんなにヤりまくってるのに、まだ身の危険を感じなくちゃいけないんだよ」筋肉痛を全身へ響かせながら体を起こした直後の問題発言に、俺はベッドの上でうな垂れる。そして密かにケイロが部屋へ来た途端、いつも通りの空気になったことを驚く。昼間に悠から教えてもらった話を延々と考えて、ついさっきまで引きずって胸が重たくなっていたのに。あっという間に元の調子を取り戻して、何事もなかったようにやり取りできてしまう。まだ出会って二か月が経過するかしないかの期間なのに、もう夫婦の空気が板についている。ケイロについて知らないことが山ほどあるっていうのに……。俺は頭を掻きながらケイロに尋ねる。「今日はどこへ行ってたんだ? もしかして、あっちの世界?」「ああそうだ。面倒なことに定期的に報告しなくてはいけなくてな……奪われた百彩の輝石は、我が国にはなくてはならない秘宝。早く取り返さなくては、これからの行事や国の大事にも影響が出てくる」「百彩の輝石ってそんなにすごいものなのか?」ケイロたちがこっちに来た目的の、百彩の輝石。さり気なく尋ねてみると、ケイロは小さく頷いた。「ああ。遥か昔、精霊王が親愛の印にと祖先へ贈ったものらしい。それを覇者の杖にはめ込めば、その杖を手にした者はすべての精霊を使役し、あらゆる魔法を可能にする」「魔法使いの最強装備じゃねーか。そりゃあ持っていかれたら困るよな」

  • 寄るな、触れるな、隣のファンタジア~変人上等!? 巻き込み婚~   それだけでいいのかよ!?

    『あー、ムリムリ。三日に一度は中に出されないとダメなんだぞ? 体も頭もおかしくなるって』『え……? 三日? 中に出されるって……?』『え? 悠は違うのか?』『僕は……一週間に一度、キスしてる。舌を絡め合う濃厚なやつ』思わずスマホの画面を見ながら俺は固まる。そして動揺任せに素早く文字を入力した。『はぁぁ? それだけでいいのかよ!』『それだけって……ベロチューだよ!? しっかり唾液飲まなくちゃいけないんだよ!?』『俺のに比べたらかなりマシだから、それ! 時間かかんねぇし、体に負担もかからねぇし、キスなら挨拶みたいなもんって割り切れるし!』『割り切れないよ! あんな濃厚なの、雰囲気出されながら丁寧に毎回されたら……』悠の困惑が伝わってきて、不意に保健室で指輪を見せてきた時のことを思い出す。巻き込まれたのに、相手と夫婦であることを受け入れていた――俺と同じだ。悠の本心が分かって、俺はため息をついた。だよなあ……ベロチューでも意識しちまうよなあ。そりゃあ中に出されちゃったら、意識するどころじゃなくなるよなあ……。思わず遠い目をして現実逃避しかかった俺を、ピロリン、と返信の通知音が引き止める。『太智は何をされたの?』『口では言えないスゴいこと……察して。頼む』『あ……え、最初から?』『最初から。もうお婿に行けない』『どうしてそんなことを……そこまでしなくてもいいのに』頭の片隅でチラついていた疑問を悠に書かれ、俺の中の戸惑いが一気に膨らむ。抱かなくても良かったのに、なんで嘘までついて俺を抱いた?今はちゃんと両想いで、心が伴っている。昨日あれだけ確かめ

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